相続開始後に始まった工事 福岡地裁 修繕費の債務控除を認める
2026/05/18
被相続人が施主となって契約した建物の修繕工事について、相続開始後に着工された場合でも、その修繕費用を相続税の計算上、債務控除できるかどうかで争われた裁判で、福井地裁は債務控除を認める判決を言い渡した(令和7年11月5日判決)。
本件は、倉庫等の建物の土間が陥没したと賃借人から指摘され、オーナーである被相続人が修繕工事に着手しようとしていたところ、着工直前に死亡したことが発端となった事案である。判決によると、前提となった事実関係は次のとおり。
①平成30年8月、貸付倉庫等のオーナー(被相続人)は、賃借人である卸売業者から、その倉庫等の土間が約10cm地盤沈下しているとして修繕の相談を受けた。
②平成31年4月、オーナーは、相続人(原告)が取得した見積書を基に施工業者と修繕工事の請負契約を締結した。工期は同年4月20日から同年7月30日までとされたが、賃借人から「7月から9月中旬までは繁忙期で倉庫内の物量が増加するため、物流が少なくなる10月に着工してほしい」との要望が示された。
③同年5月、オーナーは工期を同年10月1日から同年11月30日とする請負契約の変更を行った。
④同年9月末(オーナーの死亡後)、施工業者は修繕工事に着手した。
⑤同年10月下旬、床面積の半分程度までコンクリートを注入した時点で予定量を使い切ったため、施工業者が相続人(原告)に対し、未施工部分をどうするか確認したところ、工事を終了してよいとの了解を得た。これにより工事は終了し、同年11月、相続人は施工業者に修繕費用を支払った。
⑥令和2年6月、相続人は相続税の計算上、当該修繕費用を債務控除して相続税の申告を行った。その後、令和4年4月までに修正申告を行ったが、修繕費用の債務控除は維持していた。
⑦これに対し、令和4年4月、所轄税務署は修繕費用の債務控除を否認し、相続税の増額更正および過少申告加算税の賦課決定を行った。その主な理由は次のとおり。
・請負代金債務は、各税法上、原則として仕事完成時に確定した債権であること
・相続開始日時点では修繕工事は未着工であり、請負契約によれば、相続開始時点において解除や工事内容の変更が可能な状況にあったこと
⑧令和5年12月、相続人は債務控除を認めるよう国税不服審判所への審査請求を経て、裁判に訴えた。

【相続人の主張】
賃借人は倉庫等の建物に高さ数メートルの棚やラックを設置し、多数の商品の保管をしており、ラックへの商品の積み下ろしの作業や、倉庫内で移動させる作業はフォークリフトにより行われていた。しかし、地盤沈下の影響でラックの上に置かれている商品の転落により、商品の破損や従業員の生命の危険に関わる問題があった。これは建物の構造に関わる問題であり、賃貸人には修繕義務がある。
また、相続人(原告)は、被相続人が合意した工期どおりに修繕工事を実施させ、請負代金も実際に支払っている。工期の変更は、修繕義務の履行を求めていた賃借人からの繁忙期を避けたいとの要望に応えたものであり、被相続人側の事情による変更ではないと主張した。
【裁判所の判断】
本件の争点は、修繕費用にかかる債務が相続税法14条1項の「確実と認められる債務」に該当するかどうか。
福井地裁はまず、債務控除の趣旨について「相続された債務の弁済に要する資金を課税対象外として相続人に留保させるため」としたうえで、「相続開始時点において債務が存在するか否かが不確実な場合や、債務が存在するとしても、履行されるか否かが不確実な場合は、相続人に弁済資金を留保する必要があるとはいえない」とした。
そのうえで、債務の確実性を判断するにあたっては、「債務の形式のみならず、債務が生じるに至った経緯等についても考慮すべき」と判断の枠組みを示した。
これを踏まえ、福井地裁は次のことを指摘した。
⑴賃貸目的物が契約によって定められた使用収益ができない場合には、賃借人には修繕義務がある。
⑵本件では、地盤沈下により商品保管上のリスクが生じており、安全な使用収益に支障を来す状態になっていたと認められ、相続人は請負契約締結当時、修繕義務を負っていた。
⑶被相続人は、当初の請負契約締結により同年5月には工事に着工できる状況にあった。
⑷施工時期が変更となったのは、賃借人の要望によるものであり、その事情がなければ当初のとおり相続開始時前に工事は完了していたと考えられる。
以上の事情から、福井地裁は、修繕工事が履行されることは相続開始時点で確実であったと認定。そして、「債務の存在およびその履行がいずれも確実であると認められる」として、債務控除を否認した税務署の更正処分を取り消す判決を言い渡した(本件は確定)。